Calling
facebookのコメントに「天職」について書いてくれた同級生がいましたが、私も中学生の頃の、多分同じ授業が心に残っています。
「天職」は英語では「calling」というのだと。
自分で決める、というよりは、「呼ばれる」ようにしてなるんだな、と理解してきました。
私のことをいつでも自分で全部決めて動いている、アクティブな人だとお思いの方も多いですが、自分としては、
「これほど自分で決めない人もないんじゃないか」
と思っています。
いつでも流されて、大きな流れに押されて進んでるように思います。
転職とか引っ越しとか、確かに派手なイベントが多いですが、それも過程をご存じないから大きく見えるだけなんです。
私にしたら、いつのまにか外堀が埋まったり、知らないうちに知らないところまで流されたりして、もう跳ぶしかない、っていう状況になっていることがほとんどです。
自分でやっていることは、「率直に」「人に迷惑をかけない」「その場に合わせて全力で」…けっこうふつうです。
今回については、去年の夏に体調を崩したこと、京都に帰ってきて不動産屋さんに入ったこと、ぐらいしかしてません。
そしたらあれよあれよでこんな具合に。
ほんと、そんなもんなんだけどな。
あとはっきりしていることは、「人のためならがんばれる」。
というか、人のためじゃないとがんばれない。
なのでいつも、その場にいる人のために、がんばっています。
だから場所が変わると自分も変わる感じがある。
そうして合わせていって、自分の力を出させてもらっていると思っています。
いまは鍼灸院で、1対1の時間に引き出される力を使っているので、こんどサッカーの仕事で大勢から引き出される力(これは知ってる)もまた、楽しみにしています。